私は26歳の女性です。もうTo youをこれ以前のブログを含め5年以上やってきました。
きっかけは専門学校で、モノ作りを世界を見て、心の内をこっそり明かす場所にしようと
思ったのがきっかけでした。
ここを通して、私は、多くの方とお会いしたりもしましたが、
共通して驚かれる事は、「megumilkさんってめちゃくちゃ明るいんですね」でした。
この世界観から、暗いというかもっと静かな方をイメージされて展示会に来て下さる方が多く、
意外だと言われる事が多いのです。
でも、逆にリアルの世界での私は、分かりやすく言えば、磯野貴理子さんや、島崎和歌子さん、
井森美幸さんのような、飛び抜けて明るいタイプに思われがちですし、そうなのだと思います。
けれど、本当はそうしたくてそうしている訳でもなく、女性らしく、愛される人になりたい葛藤が
毎日あります。こんな性格故、傷つく事も言われやすいですし、強い人だと誤解もされやすく、
実際の自分とのギャップにどうしたらよいか分からなくなるのです。
そして、明るく努めるには理由があります。
過去にいじめを何度か受け、学生生活は楽しいどころか苦労しました。
そしていつもいじめの理由は、よく分からないものでした。
明るさに嫉妬されてもありますし、目立つからだという理由もありました。
気にしないように過ごしてはきたものの、高校時代のいじめは辛かった。
デザイナーになる事だけを夢見て、デザインの学校に入学しました。
けれど、その時に交際した男性から少々、暴力的な事を受けて以来、
ぷっつり私の心は崩壊して、食事さえとれなくなりました。
不眠になり、排泄すら出来なくなりました。そして入院しました。
愛しいなあと思っていた人が、急に冷たくなる怖さ。
愛しい人に無視されることは苦しくてたまりませんでした。
そして、他人から否定され続けることに耐えきれなくなっていたのです。
入院せざるを得ないくらい死にたくなっていました。
それが19の時。それ以来、私は、ずっと鬱状態のまま生きてきました。
けれど一度も「あなたは鬱」だと言われたことはなく、医者にも鬱だとは言われず、
自分が何なのか分からないまま、今日まで来ました。
何度か恋愛にもチャレンジしました。
私をすごく好きになってくれた方もいました。けれど受け止めてあげるだけの
余裕がありませんでした。
私はすごく好きになった人もいました。けれどその人は決まって口のうまい人か
私に振り向かない人でした。とにかく、傷つく事が多かった。恋愛にはそんな気持ちしかありません。
昨年、それでもとある方の気配りができたりする内面的な方ところに好意を持ち、
食事に誘ってみたり勇気を出してもみました。だけど、うまくいきませんでした。
結果より、その過程で、自分の醜さみたいなものばかりが気になって、その人との時間を
楽しむ事が出来ませんでした。自分の顔も姿も、こんな病にを持ち合わせていることも
すべてが嫌で仕方なく、その人に嫌われはしないか毎日不安で、一睡も出来ない日も多々ありました。
よくしたもので、そういう風に自分を出せなかった結果、うまくいくはずもなく、
結果に×がつくたびに、自分の存在価値が分からなくなっていました。
近くで偶然顔を会わせても心が苦しくなるだけでした。自分がどんどん嫌になりました。
自分の事を嫌いになるのはスピードをあげて止まりませんでした。
左半身が痺れを帯びていて、言う事を聞かないのです。それは、22くらいの時からでした。
だんだんひどくなり、ついには会社に行く事も出来なくなりました。
社会にすらいい歳して出れない私は何なのだろうと、
もっと自分を責め、親を責め、環境を責めてきました。
病名もつかない自分の心の病なのか体の病なのかわからない病を、私は自分で抱える事が
出来ません。未だに出来ないのです。
ぎりぎりの状態で、辛い体をおして就職しました。
正社員ではありませんでしたが、はじめて社員と名のつく雇用に私は少しだけ胸を張れた様な気がして
いました。そちらの会社には、もちろんデザイナーとして雇用される予定でした。
けれど現状は違いました。病の中、何があってもデザインの仕事に就く。
そう這いつくばってきました。けれど、結果的にそれはあまりにも違うものでした。
仕事の内容も屈辱的でした。デザイナーと称してただひたすら電話をかけ続けるのです。
それでも、会社は、「この仕事が終われば」と濁されて、私は結果、デザイナーでもなければ、
ただの電話係でした。この状態を言及すればするほど会社での立場は悪くなりました。
逃げたい。そう思った事もありました。
それでも頑張れる理由がありました。それを頑張ろうと思わせてくれる存在がいたからでした。
けれど、いい時は続きませんでした。とある人物から、このブログをtwitterを社内で読み上げられました。
そして私のそばにいてくれていた存在も、この一件を境に私から離れていきました。
このことが騒動になってから、私は結果会社を解雇され、今は無職です。
毎日、ただ職がないという現実が突きつけられます。
神様がいるなら、何を頑張ったら私は報われるのでしょうか。
何を努めれば私に仕打ちはこなくなるのでしょうか。私は懸命に働いていましたし、
そばにいてくれた方にも、誠意をもって接してきたつもりでした。
そして、あまりに苦しくなって病院に行くと、
「自立すれば大丈夫だから」と言われるのです。
自立ってなんでしょう。自分の時間をこんなことばかりでどうやって楽しめばいいのでしょうか。
働いた会社に解雇されてどうしたら自立できるのでしょうか。
私は、もう疲れてしまいました。
愛してくれる人もいない、認めてくれる場所もない。あまりにもそういうことが多すぎた。
いじめ、パワーハラスメント、セクハラ、暴力。疲れちゃいました。
携帯小説のような自分の人生が嫌でたまりません。
死にたいなって思うんです。けれど死ねません。死ねないんです。
怖くて死ねないんです。
この場所もみんなに読み上げて笑ったらいい。懸命に働いているところも笑えばいい。
震災のがんばろうにっぽんを見て、いつも思うんです。
「何を頑張る」って。実際、みんなが集めた義援金は被災者の元に届いてすらいない。
なんか、頑張っている人に更には頑張れというこの感じに疲れ果ててしまいました。
頑張っているじゃないかって思うんですよ。
そして、みんなギリギリなんだって思うんです。私もギリギリだから被災地の方に何も出来ません。
私が生きる事がギリギリで何も出来ないんです。
被災された方は生きてて良かったと。その瞬間は言いました。
私もときたま、そう思います。それでも生き続ける事の方がこんなにも難しい。
難しくて、苦しくて、
「助けて」
「愛されたい」と叫んでいます。
生きて居るのが辛いです。とてもとても辛いです。
本当の意味で、愛されたい。一人でいいから。
愛されたいのです。頑張るとかそんな尺度でなく、頑張れない私を愛してくれる人に会いたい。
疲れてしまいました。
いつも、こちらで、読んで励まして下さる皆さん、ごめんなさい。
疲れてしまいました。
いつか、この場所で、生きていて良かったと言える日が来るまで、
嵐が過ぎるのをまとうと思います。
私はきれいな人間でもなければ、出来た人間でもありません。
でも、恥じないように生きていこうと思います。
誰かを裏切ったり傷つけたり、出来るだけしないように。
傷つけるときは自分も傷つく覚悟を持って
いられるように生きていきます。
もし、この文を最後まで読んで下さる方が居たら、
「頑張らなくたっていい。元気で生きていてくれたらそれでいいよ」
って思います。
私も自分で自分を抱きしめてあげられるようになりたいです。
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